桂浜を見下ろす高台にある龍馬さんの銅像を訪れたのは、32年前の2月でした。
案内してくれたタクシーの運転手が感慨深げに話してくれました。「関西から来た有名な経営者は、ここから広大な太平洋を眺めて坂本龍馬の心境になったように感嘆されました。一方、眼下の桂浜を歩いている団体客の方は、珍しいものを探し回っていました。同じ桂浜でも見る人によって見るところは様々です」と。その時の私は「太平洋はでっかいなぁ」と共感した方で、「景色は心を写す鏡のようだ」と実感しました。
当時、教育トレーナーという職種に就いて早々で、所属していた教育機関が高知市で初めて開催する研修を独りで担当したのです。しかも、新人の営業マンが初受注した記念の仕事でした。ただ、所定の半額程度で受注したため、受講者の数は通常の倍近くで、研修会場は夜間の暖房が止められる所に宿泊するという、新人のトレーナーが自立する初仕事にしては悪条件でした。予想を越える体験を重ねながら、とにかく2泊3日間を無我夢中でやり切りました。一番印象に残った出来事は、他人の意見を聞く我慢に耐えきれなくなった青年が、「自分がわかるように話せ!」と激怒し、合板張りの長机を拳で殴りました。一悶着の後で、長机をみると拳大の穴がポッカリ開いていました。彼の家は郷士の家系で、剣道を子どもの頃から続けて2段ということでした。彼の怒りのエネルギーの強さを眼にして、幕末の土佐の志士たちも350年もの長い間貯めていたエネルギーを発揮したのではないかと思えました。龍馬さんにも親しみを覚えたわけです。
私の初仕事は多難でしたが、沢山の貴重な出来事に充たされて、晴れ渡った青空と同様に清々しい気持ちで終了しました。大阪に帰るために高知空港に向かう途中のタクシーで、運転手の誘いを受けて桂浜に寄り道する気になりました。そして、「太平洋はでっかいなぁ」と素直に感激することができました。まさか30年以上も続ける仕事になるなど、つゆほどにも思ってはいませんでした。
この手紙を書くことになって、高知での初仕事が人材育成のプロとしての職業人生の原点になっていることを確認しました。あまりにも多くの場数を踏んできたために、初体験の必死さや新鮮な感動を味わうことは少なくなっています。
波乱と感動に満ちた人生を急いで走り過ぎた龍馬さんですが、多くの人にとって、生きる原点を問いかけてもらえる存在であり続けると思います。ささやかで大きなご縁に感謝いたします。